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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)10065号 判決 1972年9月16日

主文

被告は、原告から金三〇万円の支払を受けるのと引換えに、原告に対し別紙目録記載の建物を明渡し、且つ昭和四七年二月三日以降右明渡済に至るまで一箇月金三万円の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求めた裁判

一  原告

(一)  (第一次的申立)「被告は原告に対し、別紙目録記載の建物を明渡し、且つ、昭和四四年六月一六日以降右明渡済に至るまで一箇月金三万円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言

(二)  (第二次的申立)「被告は、原告から金三〇万円の支払を受けるのと引換えに原告に対し、別紙目録記載の建物を明渡し、且つ昭和四四年一二月一六日以降右明渡済に至るまで一箇月金三万円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言

二  被告

(一)  (第一次的申立に対し)「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

(二)  (第二次的申立に対し)「原告の請求を棄却する。」

第二  当事者双方の主張

一  原告の請求原因

(一)  原告は昭和四二年五月四日被告に対して別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)を賃料一箇月金三万円、毎月末日に翌月分払い、賃貸借期間昭和四四年五月三日まで、敷金一〇万円、礼金六万円等の約定にて賃貸した(以下右契約を本件賃貸借という。)。

(二)  原告は被告に対し、遅くとも昭和四四年六月一五日までに送達された本件建物明渡を求める調停申立書(該調停事件は原告を申立人、被告を相手方として同年六月六日に東京簡易裁判所に係属)において、被告の左記背信行為によつて原被告間の信頼関係が破壊されたことを理由に本件賃貸借解除の意思表示をしたから、これによつて右賃貸借は解除された。

記(被告の背信行為)

1 被告は昭和四三年九月頃本件建物に近接し、原告の母ふき子が居住する家屋の掃き出し窓の霧除庇に、靴を何度となく乱暴に置くため、ふき子から注意されたところ、その翌日も同様のことを繰りかえし、これについて、ふき子が注意を与えたのに対して矢庭に箒で同女の手首を殴つて怪我を負わせた。

2 被告が本件建物に居住して使用することによつて負担すべき水道料は、原告所有の右ふき子居住の家屋(以下母屋という。)の二階に賃借人が入居した場合は水道料金総額を原告、被告の各世帯と右入居の賃借人の世帯(二世帯入居できる。)との間において等分した額を、また、被告と右賃借人の一人ジヨンオーマイルズが共同電話を使用しているため、その電話料は、その使用状況に応じた額を夫々負担支払う取り決めであつたところ、被告は、母屋の賃借人が一世帯のみであつた二箇月間において、本来、水道料はその料金総額の三分の一を負担すべきであるにも拘らず、四分の一の負担支払を固執して支払をせず、また、電話料については、ジヨンオーマイルズが使用状況を克明に記録していて支払うべき分担額は明らかであるにも拘らず、幾度となく、同人と分担額をめぐつて争いを起したりして、賃借人としての義務を尽さないのみか、近隣居住者との協調性に著るしく欠けるところがある。

3 被告は賃借人として本件建物を善良なる管理者の注意をもつて保存すべき義務があるところ、これを懈怠して、本件建物の台所の排水管の掃除をせず、これを詰まらせたままにしたため、台所の土台・床板を浸水により腐蝕させ、また、外部の下水管のうち被告が専用している部分を詰まらせた際においても、その掃除人夫費用を被告一人が支払うべきであることは当然であるにも拘らず、右下水管部分の使用と関係ない母屋の賃借人をも引合に出して同人も負担すべきであるなどと口実を構えてその支払をしなかつた。

4 賃料の支払方法については、当初の約定のままであり、変更した事実はないのに、被告は、賃借の当初から一箇月づつ遅滞して賃料を支払つていた。

(三)  仮に被告の右背信行為をもつてしても、未だ解除権が発生するに足りないとしても、右背信行為のほか、原告には本件建物につき左記自己使用の必要等の正当事由があり、該事由に基づいて原告は被告に対し、前記調停申立書をもつて本件賃貸借につき解約の申入をしたから、遅くとも前記申立書到達の六箇月後である昭和四四年一二月一六日には本件賃貸借は右解約申入により終了している。

記(正当事由)

1 原告は、東京工業大学卒業後、日産自動車株式会社に入社し、現在、横浜市鶴見区に所在する同社横浜工場に勤務している。

昭和四三年秋頃、原告は母屋においてふき子と同居していたが、その頃原告に結婚の話があり、本件建物を結婚後の新居にあてるため、被告に対して同年一二月一四日頃から再三に亘つて、書面或は口頭をもつて賃貸借期間が満了した際において、また満了に至つた後は、更新を一回限り認めて明渡までに二年の期間を置くなどを提案して、本件建物の明渡を求め、更に東京簡易裁判所に対して前記調停の申立に及び、その調停の席上、調停委員の意向を容れて、立退料の提供と然るべき猶予期間を置くとの条件のもとに調停を成立せしめる意向であつたところ、被告は三回に亘る調停期日に一度も出頭せず、そのために調停は不成立となつた。

2 原告は、昭和四五年一〇月山口久子と結婚し、肩書地に八畳一間と台所のみの部屋を賃料一箇月金一万五〇〇〇円で賃借して、ここを新居にあてたが、昭和四六年七月二六日に女児を儲うけて、窮屈な生活を余儀なくされている。

3 母屋の階下は六畳二間と洋間一間であつて、ここに原告の世帯とふき子が同居することは日常生活上極めて不便であり、二階は六畳・四畳半の二間続き二戸分よりなりこれらを夫々二世帯に賃貸しているけれども、その賃料収入(一箇月金四万五〇〇〇円)は、無収入のふき子の生活費と、原告の生活費の不足分に充てざるをえないところである(因に、原告の月収は金五万円余に過ぎない。)。

4 被告は渋谷において営業をしているけれども、金三〇万円程度の一時金があれば、渋谷周辺において本件建物と略同程度の建物を賃借することが可能であり、原告は昭和四六年八月二日附同日被告訴訟代理人に交付済の準備書面をもつて、被告に対し、右支払を申出ると同時に、右支払と引換えに本件建物を明渡すことを求めた。

(四)  よつて原告は被告に対し

1 (第一次的申立として) 本件建物を明渡し、且つ、前(二)の本件賃貸借解除の後である昭和四四年六月一六日から右明渡済に至るまで、一箇月金三万円の割合による相当賃料額に等しい損害金を支払うことを求め

2 (第二次的申立として)原告から金三〇万円の支払を受けるのと引換えに本件建物を明渡し、且つ、前(三)の解約申入による本件賃貸借終了後である昭和四四年一二月一六日から右明渡済に至るまで一箇月金三万円の割合による相当賃料額に等しい損害金を支払うことを求める。

二  原告の請求原因に対する被告の認否及び反対主張

(一)  認否

1 原告の請求原因(一)の事実は認める。

2 同(二)冒頭の事実中、原告が被告を相手方として東京簡易裁判所に本件建物明渡の調停を申立したこと、該調停申立書が被告に送達されたこと、同申立書において原告から被告に対し原告主張のごとき理由に基づいて本件賃貸借解除の意思表示がなされたことは認めるが、右意思表示により右賃貸借が解除されたことは否認する。

(1) 同(二)1の事実は否認する。被告において原告に対し暴行を働いた事実は全くない。却つて昭和四三年九月一三日頃ふき子が被告の娘市葉宮子に対し、些細なことに嫌がらせをなし、口論の挙句、同女の左手首を下駄で殴打して負傷させたことがある。

(2) 同(二)2の事実中、母屋が原告所有であることは認めるが、その余の事実は否認する。

(3) 同(二)3の事実は否認する。却つて原告において排水管を取り替えないため、同管が腐蝕したのである。また原告は被告の再三の要求にも拘らず、本件建物の雨漏りの修理をも履行していない。

(4) 同(二)4の事実は否認する。賃料の支払方法は当初は原告主張の約定とおりであつたが、その後原被告間において当月分を当月末払とすることに変更され、被告は右変更されたとおりに支払つてきた。

3 同(三)冒頭の事実中、原告がその主張の調停申立書をもつて解約の申入をしたこと、本件賃貸借が右解約申入によつて終了したことは否認する。

(1) 同(三)1の事実中、東京簡易裁判所に主張の調停の申立があり、被告はその調停期日に出頭しなかつたことは認めるが、原告が昭和四三年秋頃母屋においてふき子と同居していたこと、原告から被告に対し、同年一二月一四日頃に本件建物明渡の要求がなされたことは否認する。その余の事実は不知。

被告が調停期日に出頭しなかつたのは、原告の申立が事実無根のことを理由とするものであつたため、被告は同申立を到底承認し難いものと判断し、且つ、期日には已むをえない所用があつたため、東京簡易裁判所に対して、紛争の実情を二回に亘つて書面で明らかにすると共に期日に出頭しない旨を上申しておいたものである。

また、原告において昭和四三年秋頃、結婚の話があつたとしても、原告は被告に本件建物を賃貸する当時、既に二四、五才に達していたのであるから、将来の結婚に備えて賃貸を差控えるべきであつた。しかるに原告は被告に対し、権利金を徴収し、高額の賃料で本件建物を賃貸した以上は、賃貸後僅かの期間を経過したに過ぎない間になされたその主張の解約申入には、正当事由はないというべきである。

(2) 同(三)2の事実は不知。

(3) 同(三)3の事実中、母屋の階下をふき子が使用し、二階のその主張の二間続き二戸分を二世帯に賃貸していることは認めるが、階下に原告の世帯とふき子とが同居できないことは否認する。その余の事実は不知。

原告が本訴訟中、母屋の二階二戸分のうち一戸分が空室となつたにも拘らず、原告がこれに入居しようとしなかつたことは、原告に本件建物を必要とする事情がなく、単に被告を立退かせる方便として右必要を主張しているのに過ぎないことを示すものである。

(4) 同(三)4の事実中、被告が渋谷において営業していること、原告が被告に対し、主張の準備書面をもつて主張の金員の支払を申出ると同時に、その支払と引換えに本件建物の明渡を求めたことは認めるが、主張の金員をもつて本件建物と略同程度の建物を渋谷周辺において賃借することが可能であることは否認する。実際に本件建物と同程度の条件の建物を見出すとなると金七〇万円以上の一時金(権利金、敷金、保証金等)を必要とし、しかも月金七万円以上の家賃を支払わなければならない。しかも引越料・営業損失等を考慮すれば、被告が本件建物を立退くためには金一二〇万円以上の提供を要するところである。

また、原告主張の金員支払の申出はその主張の解約申入期間経過後の事情であるから、正当事由として考慮されるべきではない。

(二)  反対主張

被告は渋谷駅の近くで飲食店を営み、閑店が深更に及ぶため、住居は同店舗の近くにあることが欠くことのできない条件であり、また、被告は小唄、生花の教授をしているためその道具類等が多く、これらを収納するための余裕も必要であつて、これらの条件を充たす建物となると他に見出すことは極めて困難である。

かかる被告の本件建物についての必要性と対比すれば、原告主張の事情は正当事由にあたるものとは云い難い。

三  被告の反対主張に対する原告の認否

被告の反対主張の事実中、被告が渋谷において営業していることは認めるが、道具類等が多いことは否認する。

被告は子供と二人で生活しているのであつて、本件建物から転居することは容易である。

第三  立証(省略)

別紙

目録

東京都港区北青山三丁目三三番地

家屋番号 三三番の二

一、木造瓦葺平家建居宅 一棟

床面積 一四坪八合七勺(四九・一五平方メートル)

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